2013年11月12日火曜日

ターラ (リズム)


わたしの勉強している、北インド古典音楽の中でも、

【カヤール】という種類の古典音楽の構成は、

歌い手の独唱【アーラープ】のあと、

それはそれはゆっくりなテンポでタブラの「リズム」が入ってきます。


リズムのことを、「ターラ」と言います。語源は、手拍子です。

ターラは、西洋音楽の譜面のように、一方向へと進んでいるのではなく、

時計の針のように、ぐるぐると循環しています。

1拍目から始まり、1拍目で終わる。輪廻転生の思想のようです。


また、インド音楽のテンポ感は、驚きのスケールです。

たとえば、ボーカルでよく使われる、【ビランビット・エクタール】。

とてもゆっくりな12拍子、という意味です。

1周、つまり、1から12までに、1分を越えたりします。

かと思えば、1周3秒もかからないテンポもあります。

拍子も、16拍子、14拍子、10拍子、7拍子、などなど、たくさんのあり、

それぞれの拍子によって、基本的な叩き方が決まっています。


また、打楽器奏者は、ソロパートで、多彩な音色を繰り出し、

「ターラ」の世界を自由に飛び回り、ふたたび1拍目へと着地します。

しかし、その姿の裏側には、日々の練磨と緻密な計算があります。

「ターラ」の数学的なリズム感はとても面白く、いつも驚かされます。

チューニング (調律)


タンブーラを、自分の中心音と、演奏するラーガに合わせてチューニングします。


わたし達は、揺らぎながらも、常に完璧なバランスでここに居ます。

その揺らぎを見つめ、深く息をして、呼吸を整えます。

心を落ち着けて、丁寧に音を合わせていきます。

自分の心身もチューニングされる感じがあります。

完璧にチューニングされたタンブーラの響きは、

自身の中心であり、家であり、いつでも帰ってくることの出来る「守られた場所」です。


「チューニング」は、インド古典音楽にとって、最も重要なことです。

それは、「凪」の状態をつくることだからです。


シタール、サロード、タブラなど、楽器も、じっくり時間をかけてチューニングします。

また、演奏中にチューニングがずれた場合は、演奏を中断して、音を直します。


さて、チューニングが整ったところで、いよいよ演奏が始まります。

まず、【アーラープ】という、リズムのない、歌だけの場面。

歌い手の、そして聴き手の中心から、ひとつのラーガが生まれる瞬間です。

声楽


インド古典音楽は、「声楽」を音楽の中核としています。

シタール、サーランギ、バーンスリーといった器楽奏者も、

まず「声楽」から歌う心を学び、歌い方を学びます。

それから、楽器を歌うように奏でる練磨がつづきます。


わたしは、北インド古典声楽の「カヤール」を学んでいます。

古典音楽の中でも新しく、歴史は200年ちょっとです。

神事の歌として生まれた寺院音楽が、時代と共に宮廷音楽となりました。

歌われる対象が、神から人へと移り変わったことで、

人々をより楽しませるために、自由で展開性が大きく華やかに進化しました。

カヤールには、【想像、創造、アイディア、個性】といった意味があり、

「ラーガ」のルールの上で、多彩な技巧と共に即興で演奏されます。

古典音楽ですが、西洋のクラシックよりも、ジャズに近い音楽です。


さて、ここで、演奏家たちが登場します。

ボーカリスト、タブラ奏者、タンブーラ奏者が舞台に座りました。

タンブーラとは、4~6弦のドローン(持続音)を響かせる、弦楽器です。

まず、ボーカリストは自分の中心音と、演奏するラーガに合わせて、

タンブーラを、ぴったりと、「チューニング」します。

インド古典音楽


インド古典音楽は、13世紀、イスラム帝国の影響により、

【北インド古典音楽 (ヒンドゥスターニー)】

【南インド古典音楽 (カルナータカ)】

に分かれていきました。


さらに、わたしの学んでいる、北インド古典音楽は、

最も古くより伝わり、瞑想と祈りから生まれる、重厚な【ドゥルパド】

時代と共に発展し、技巧と即興性の高い、創造的な【カヤール】

に分けられます。


ドゥルパドには、深みのある重厚な音質の両面太鼓の【パカワジ】

カヤールには、多彩な音を繰り広げる高音と低音、2つで一組の【タブラ】

と、それぞれにぴったりの打楽器伴奏がつきます。


長い時を、様々な激動の時代を経て、なお生き続けるインド古典音楽は、

師から生徒へと、口承、主に「声楽」で受け継がれていきます。

2013年11月6日水曜日

音 (スヴァラ)


西洋音階の【ド レ ミ ファ ソ ラ シ ド】を、

インドでは、【サ レ ガ マ パ ダ ニ サ】といいます。

【サ】が、中心音です。

中心音は人それぞれ違うので、移動ドとして扱われます。

たとえば、わたしの中心音は A(ラ) なので、

【ラ シ ド# レ ミ ファ# ソ# ラ】が、【サ レ ガ マ パ ダ ニ サ】になります。


ひとつひとつの「音」を、丁寧に磨く。


毎日、それぞれの音をまっすぐに研ぎ澄ませる、練磨を繰り返します。

今日出来ても、明日には出来なくなります。

この体から発する音と、この音を発する体を、よく見つめます。

揺れや、滞る喉の力や、背中の強ばりや、たくさんのものが見えます。

時折、体をほぐしながら、音を磨いていきます。


【サ】を限りなく【サ】で歌う。

一寸のズレもなく、ぴったりと中心音を歌う時、

自分の「声」は聴こえなくなります。

ラーガ (彩り)


インド古典音楽で演奏される「ラーガ」。

「ラーガ」という言葉には、「心の彩り」という意味があります。

それぞれ演奏される時間帯が決められています。

早朝に演奏される、ラーガ・バイラヴ。

深夜に演奏される、ラーガ・バゲシュリー。

また、

春の夜に演奏される、ラーガ・バサント。

秋に演奏される、ラーガ・へマント。

など、季節があるものもあります。

その数、三千はあると言われています。

扱える音、扱えない音、音階、特徴的な旋律、雰囲気などが決められています。

そういった、与えられた音やルールの中で、それぞれのラーガを描きます。


その美しさは、ひとつひとつ丁寧に磨かれた

「音(スヴァラ)」によって生まれます。

2013年11月5日火曜日

凪 (なぎ)


私がインド古典音楽を寺原太郎先生に習い始めて、いちばん最初のレッスンで学んだこと。

それは、いちばん基本的なことであり、いちばん大切なことでした。

それは、「凪」の状態です。

わたし達の声は、それぞれ高さが違うので、歌う時の中心音もそれぞれ違います。

中心音とは、歌が始まるところであり、還ってくるところです。

大体、男性はD辺り、女性はA辺りです。先生が見つけてくれます。

自分の中心音、それをひたすら真っすぐにうたうこと。

風ひとつ無い、ほんの一瞬の揺らぎもない、まっ平らな海。

世界をそのまま映しかえす水鏡のような、凪。

心身の安定したバランスと、日々の練磨によって、

時が止まったかのように、永遠が訪れたかのように、

凪のように、まっ平らに歌うことができます。


そのまっさらな世界に、それぞれの「ラーガ」を彩っていきます。